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「いやあ、面白かったー。つくづくチケットが取れてよかったと神に感謝しているよ」 「これ、テレビでドラマになってましたよね。去年の三月でしたっけ」 「そう、あれの今回は舞台化だ。僕もあれは観ていて、内容はほぼ知っていたんだけど、芝居だとこれが一味もふた味も違って、正直、ドラマ版より数倍娯[たの]しめた。席もよかったし」 「原作は一応《小説》ですけど、作者が演劇の人(*1)ですもんね。さもありなん、です」 「うん。だからなのか、なんだか観ていて、ようやく作品が本来あるべき姿になったような気にさせられたよ」 「作り手側目線?」 「芝居はすなわちライヴ。テレビドラマと大きく違うのは、演じ終えたものを編集して観せるのではなく、今まさにそこで演じているという緊張感なんだよね。台本どおりに事は運んでゆくけど、でも実際、次に何が起こるか判らない。その張りつめた空気も含めて、我々観客は舞台の進行を追うわけだ」 「ええ。いつかも言ってましたね、そんなこと」 「今回、それを如実に体験するある出来事があった」 「へえ、なんです?」 「その前に、ちょっとこれを見てくれ」 「あ、ダイバスターの博士みたい」 (以降、これから観に行かれる方の楽しみを奪う記述があります。ご注意ください) 「これ、今回の公演のプログラムなんだけど、面白いでしょ」 「あは。暴露系の芸能週刊誌に見立てているんですね。『悪夢のエレベーター』っていう《雑誌》なんだ」 「裏表紙なんかも細部まで凝っていて嬉しいよねえ。――で、この表紙に踊るあおり文。『エレベーターの中には 濃いいヤツらと 予測不可能な展開が待っていた!!!』とあるだろ」 「ありますね」 「本当ーに、予測不可能な展開が待っていたんだよ!」 「じらさないで早く話すっ」 「芝居の中盤あたり、吹越満[ふきこしみつる]さん演じる富永[とみなが]がキレて、エレベーター内の壁やドア枠をガンガン蹴りつけたり、頭突きしたりして暴れるシーンがあるんだ」 「うん」 「そのあと、しばらく科白[せりふ]を続けていた吹越さん、あれ? ってな顔になった。なんとね、後頭部から血が流れ出していたんだ」 「ええええーっ」 「衣装が白いスーツだったんで、肩のあたりが少し赤く染まっているのが見えた。たぶん、ドア枠の角っこにでも、強くぶつけていたんじゃないかな。すごい勢いで前後に頭突きを食らわしていたからね。演技とはいえ手加減はしない。《本気》で頭を打ちつけて激情を表現した、その結果だった。キレる演技で頭皮も切れた」 「なに上手いこと言ってんですか」 「まさに迫真の演技だ」 「プロ根性ってやつですね」 「《本当に出血しちゃってる》ことが観客にも伝わって、場内は驚きと笑いの入り混じった熱いどよめきで満たされた。周りの共演者も、いきなりのアクシデントに驚きを隠せないようだったが、それでも否応なしに舞台は進行してゆく。それからしばらくは、たまたまなのかポケットに入っていたハンカチで後頭部を押さえながらの演技だったよ。両手を使わなくちゃならないところでは、カオル役の高橋真唯[たかはしまい]さんが『わたしが持ってましょうか?』と言ってハンカチを受け取り、後ろから負傷箇所へあてがってあげる場面なんかもあって……。まあ吹越さんには悪いけど、笑えたなあ」 「そういうことで笑いを取っても、本人は不本意なんでしょうけどね。でも解ります」 「吹越さんがそんな状態で、平然と芝居を続けているのが可笑しかったんだろうね。真唯さんはハンカチを相手の頭に当てたポーズのまま、顔を観客から隠すように後ろへ向けて、肩を震わせていたよ。ありゃあ笑いを堪えるのに必死だったに違いない。なにしろ演者が笑顔を見せるような場面などでは、全然なかったわけだから」 「舞台で《素》は見せられませんものねー」 「これはプロ意識というのとはちょっと違うけど、さすがだなーと思ったのは、その後、数度に亘って、吹越さんが自分の奇禍[きか]をアドリブで科白に混ぜ込んで、笑いを誘っていたことだ」 「ネタにしちゃってたんですか」 「たとえば終盤。真唯さん演じるある女性が、自分は誰よりも不幸だ、みたいなこと言うところがあるんだけど、そこで吹越さん、すかさず、『いいや、オレのほうが不幸だ。少なくとも今日に限っては、オレのほうがオマエなんかより、ずーっとずーっと不幸だ!!』(*2)。もう場内、拍手喝采の大爆笑さ!」 「その《さ止め》はやめてくださいって」 「もちろん、そういうインプロヴィゼーションだけが面白かったわけじゃない。脚本そのものが傑作だった。ダンカンさんの演出も効いているんだろう。物語のめまぐるしい展開には引き込まれたし、各人、濃いキャラで笑いのネタも満載。ラーメンズの片桐仁[かたぎりじん]さんは『UDON』で知った人だけど、今回の舞台で、今後目が離せない俳優のひとりになった。中村倫也[なかむらともや]さんという人はこれまで知らなかったんだけど、芝居に真面目に取り組んでる好青年という印象を受けたな」 「好青年て……。コメントが年寄りくさいです、先生」 「実際、オタクっぽいバッタ男・牧原[まきはら]も、その裏の顔、オカマのマッキーも、すごく自然でリアルで、本当に彼がそういう人間のように見えたよ。もっとも、バッタ男のほうはマッキーが演じていた人格なんだけどね。――ところで高橋真唯さんだが、僕、劇場(*3)に入るまで、彼女のことを『モー○ング娘。』のうちのひとりだと思い込んでいたんだ」 「えー」 「プログラムの紹介文で勘違いに気づいた。『クワイエットルームにようこそ』へ出ていたあの子だったんだね。失礼しやした。役作りのしっかりした演技派で、安心して観ていられたよ。いい女優さんだ。いやー、それにしても可愛かったなー」 「先生って基本、見る人見る人、みんな好きになっちゃってません?」 「吹越満さんには、職人的な技巧派という印象を以前から持っていたんだが、それを今回、再確認できた気がする。カーテンコールで見せた素の表情には、芝居へ対するストイックな姿勢が感じられたなー。あ、カーテンコールといえばね、全部で三回あったうちのいちばん最後のとき、片桐さんが吹越さんの頭を指して、『大丈夫です!』って笑顔で叫んでたんだけど――」 「あはは」 「次の日とか、本当に大丈夫だったんだろうか」 「ああ、また同じ演技を繰り返すんですもんねー」 「きっとあの人のことだから、容赦なく全力で行くんじゃないかな。来る日も来る日も、あのシーンでガッツンガッツン……」 「連日、流血ライヴじゃないですか、それじゃ」 「んー。まさに『悪夢のエレベーター』。――のドア枠」 「あんまり上手くないです」 *1 『劇団ニコルソンズ』主宰・木下半太[きのしたはんた]氏。今回の舞台版では脚本も手掛けている。 *2 この富永の科白は正確なものではありません。筆者、うろ覚えなので(汗 *3 『シアタートラム』(東京・三軒茶屋)。以前、イッセー尾形[おがた]さんと小松政夫[こまつまさお]さんによる二人芝居を観た『世田谷パブリックシアター』と同じエリア内にある。 |
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映画版『悪夢のエレベーター』
(作品のネタを割っています。ご注意ください) ...続きを見る |
空飛ぶ夜行人間 〜浮夜千尋の二十面相的生... 2009/10/21 05:37 |
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