特別講演会「もやしもん的『菌類のふしぎ』展の楽しみかた」

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「先生って、今年はなんかもう、もやしもん一色ですよね」
「……かな」
「アニメ版のDVDを嬉々として買い集めつつ、まずは『かもすぞジャパン@メイリッシュ』でしょ? 六月には同人イベント『農大菌祭@かやの木会館』へまさかの一般参加。で、こないだ特別展『菌類のふしぎ』を見てきたと思ったら、今度はその講演会ですか。――はい、ブレンドお待ち」
「やー、だって当たっちゃったんだもん、受講証」
「きっと、この先の運、すべて使い果たしてますね」
「えええー。まあ確かに、はがき一枚しか出さなかったのに、よく当たったよなあ。係員の方に聞いたら、定員百六十名――だったかな?――のところ、六百通以上の応募があったそうだ」
「当選して来た人たちは、やっぱりもやしファンが多かったんですかね」
「でしょうー? タイトルがタイトルだし。たぶんみなさん、僕もそうだけど《石川雅之[いしかわまさゆき]先生目的》だったと思うよ。『質問タイム』では、本展とはかけ離れた、そっち関係の問いも多かったしね」
「へえ、そんなコーナーがあったんだ。たとえばどんな質問?」
「うん。まあ、順を追って話そう。――開演予定は午後二時だったが、僕は十一時ごろには科博[かはく]へ着いて、『菌類のふしぎ』展を再見していた」
「そっから入るんですかっ」
「一時半から受付開始、と会場である『日本館二階講堂』の入口に案内が出ていたので、本展の会場を一時過ぎに出たのは正解だった。常設展をちょっと見て回って二階へ戻ってきたら、少し行列ができていたので焦ったよ。入場するとき、受講証を回収されてしまって、チケット半券コレクターとしては残念だったけど、代わりに菌シールをくれたよ。来年のカレンダーになっているやつだ」
「使わないんでしょ? もちろん」
「言うまでもない。永久保存だ。――会場内は科博らしい荘重な造りで、落ち着いた雰囲気。無駄なおしゃべりなど許されないような空気が漂っていた。もっとも、僕を含めてみんな単独だったはずなので――受講証はペア券ではなく『お一人様一枚』だったからね――おしゃべりのしようもなかったわけだが……。聴講席は礼拝堂のように、三人掛けの長テーブルが横に五つ並んでいて、それが縦に七、八列、設[しつら]えてあった」
「それだと、百六十人も座れませんけど」
「あれ? おかしいな……。ま、とにかく――」
「スルーかい」
「自由席ということで、僕は前から二列目の、向って右寄りの席へ着いた。ステージにも同様のテーブルと椅子、プロジェクターの載った演壇などが設置され、その背後の大きなスクリーンには演題と講演者の名がドーンと映し出されている。緊張感がそこはかとなく昂った。二時ちょうどに開演。司会者が、講演するお三方の名前を読み上げたと思ったら、いきなり石川先生が僕の背後から現れた」
「背後から?」
「僕は四本あるうちの、三本目の通路を左に見る位置へ座っていたんだけど、まさにその通路を、石川先生が後ろから歩いてきたんだよ。いや、実際は講談社『イブニング』編集次長の松下陵[まつしたりょう]氏が先頭だったかもしれないけど。――三人がどこから登場するのかなんて判らないじゃない? おそらく壇上の上手[かみて]か下手[しもて]から出てくるんだろうと、そっちのほうばかりに目を遣っていたんで、いきなり肩越しに現れた黒い影にはもう、ドビックリだったよ」
「黒い影って、他人[ひと]をカラスみたいに」
「でも実際、石川先生は全身黒ずくめだったんだ。黒いライダース風のジャケットに黒のブーツ。お肌は色白だったけど、髪も黒いし。あ、ボトムはジーンズだったかな? でも、印象は《黒》。いつかどこかで拝見した近影そのままだった。でもって、ネイティヴな大阪弁ね」
「ああ、石川先生は大阪の方なんですよね」
「我々東京人が真似るわざとらしい関西弁にはない、柔らかい自然な口調がね、よかったー」
「そこ、そんなに食いつくところかなあ」
「どんな声をされているんだろう、って以前から気になっていたんだ」
「ああ、それは解るかも」
「予想に反して――と言っては失礼だが、わりと低めの、男性的な声質だったよ」
「おっ。すぞ、って言わない」
「はじめは硬い表情をされていたけど、きのこ柄のネクタイを締めた本展の監修者、細矢剛[ほそやたけし]氏の温い日本茶みたいな進行で、次第に口も滑らかに。一方の松下さんは端[はな]っから緊張などしてないふうだったな。大きく『good! アフタヌーン』と書かれた真っ赤なTシャツ着て弾けてた」
「宣伝、丸判りだなあ」
「演題はあくまで『《もやしもん的》~楽しみかた』だからね。そこはほら、大人の事情で……」
「『純潔のマリア』についても、じゃあ話題に上ったりしたんですか?」
「うん、少しね。ヨーロッパの歴史が背景にあるけど、そこを知らなくても愉しめる作品だよ、とか。一方で、『子どもさんには少し難しいかも』みたいなことも言ってたけど……子どもさんに読ませちゃいかんだろ的な要素が無きにしも非ずだよなー、今度の先生の新作には」
「その科白[せりふ]、薄笑いで言うの、やめてください」
「今回の企画に関する裏話が、けっこう出たよ。例の《落書き》は、先生の覚えでは四十個くらいあるそうで、主に低い位置へ描いたのは、展示に飽きやすいお子様の目線に合わせてなんだって。あと、わざと見つかりにくい場所を選んだり。ほとんどゲーム感覚だね。あ、トイレの中にもあるらしいんだが、僕、場内でトイレには入らなかったんだ。もう一度、行ってこなきゃ」
「それだけのために、ですか?」
「先生に言わせると、落書きは増殖しているんだそうだ。僕が初めて行った先月から、また増えていることになる。でも、今回は先月に撮り損ねた部分の写真撮影に終始していて、落書きのチェックは怠ってしまった。しかも、『これからまた描きます』みたいなことも、先生言ってたし。だから、展覧会終了の間際にでも、もう一度足を運ぶつもりだよ。そうそう、今週になって、『科博限定で及川[おいかわ]のポスターを制作中』なんていう情報も入ってきているんだろう? 行かない手はないよ」
「先生、及川萌えですもんね。ふふ」
「は、話を進めるぞっ。会場には、そこここの壁や台に、モネラ・フィギュアが貼りつけられているけど、あれって開催前日のプレオープンのときに、石川先生と松下氏とでやったんだってさ」
「えー。ご本人が、ですか」
「開催に合わせて、あの何種類ものフィギュアたちが、海洋堂[かいようどう]さんから科博のほうへ直接ドドーンとダンボールで大量に送られてきたそうだ。で、『使ってください』『じゃあ使いましょう』ってことになった。接着剤がはみ出ていたり、いい加減なのは、そういう事情で『素人[しろうと]の手による作業だったから』らしい」
「けっこう剥がれ落ちちゃって、床に転がっているのもあったそうですけど――そのせいか」
「そうそう。そのあとスタッフのみなさんなども集まって、結果ああいうディスプレイになった。『二界説・五界説』のコーナーで、たくさん菌たちが『わー』っているでしょ?(前記事参照)あの平台も、最初はすっきりしたもんだったんだってさ」
「やっぱ、やるなら派手にやらないとね」
「これは言われてから気づいたことなんだけど、会場に入ってすぐのところや、中盤の『もやしもん劇場』で、アニメが映し出されていた――って、このあいだ話したろ? あれ、本当は『アニメ』とは言わないんだって。そういえば、動かない。静止したキャラクターが縦横に移動はするが、キャラそのものは《絵》と同じだ。ナントカって言ってたんだが、その名称は忘れてしまった」
「いつもそうですよね、先生って。詰めが甘い」
「……でだ、なぜアニメ版をそのまま使わないのか。――主催者のひとつがTBSだった」
「ああ。そういえば――ですね」
「アニメ版の放映はフジテレビ系列だったのに、『主催・TBS』。ここへ何の違和感も覚えなかった自分に愕然としたね。今回のエンドレス映像制作に際して、声優はアニメ版と同じ方々を起用したんだけど、依頼のアプローチはまったく別の方向から為された――のだそうだ。言うまでもなく、映像の菌たちもアニメ版のそれではなく、石川先生の描いたものを持ってきている。だから、そもそも動くわけがないんだ」
「なるほどね」
「もやしもんの制作秘話みたいなのも、いくつか出たぜ。最初は単に『農大の話』で、菌は出てこないはずだった、とか。だから連載第一回では、タイトルが『農大物語』になっているだろ? あれ、仮題で『農大物語(仮)』としたまま計画が進んでいって、菌を出そう、その姿が見える主人公にしよう、とプロットを練ってゆくうち、本タイトルを考えるのすっかり忘れちゃって、仮題がそのまま誌面に載っちゃったんだって。あと、やはり第一回で、警察が登場するけど、あれは編集長のムチャ振りだったらしい」
「むちゃぶり?」
「どういうわけだか、『警察を出さないと(イブニング誌に)載せない』って石川先生に言い渡したんだそうだ」
「意味の解らないワガママですね」
「石川先生は自分で描いた菌を、どれだけ把握しているのか、みたいな話になって、『どこかに菌を網羅したデータベースでもあれば』なんてこと言ってたけど、思わず僕なんか、Lintsさんのとこがあるじゃん、てツッコミそうになったね」
「ところで、プロジェクターは、何に使われたんです?」
「それはね、細矢氏が、講演にあたって原作の『もやしもん』全巻を用意していて――」
「先生。『菌類のふしぎ展』に原作はありません」
「でした。で、話に上った場面のページを開いては、スクリーンへ映し出していたんだ。主に『質問タイム』などで、『そのエピソードはここですね』などと言ってね。――あ、それで実は、すごいことが明かされたんだよ。さっきも言ったように、投げられた質問は、この展覧会に関してより、もやしもんそのものについてのほうが多くてね。中には、『なぜ場内のレイアウト素材はダンボールが主なのか』なんてのがあって、『それを言うなら、この公式ガイドブックの表紙もダンボールでできてます』とか『そもそも、もやしもんの単行本が以前からダンボールと縁が深くて』とか、いろいろ話が出たな。細矢氏が『作中に登場させてほしい菌はあるか』と問われて、『水生不完全菌』だとか『カエルツボカビ』だとか答えたり――」
「ああもうっ。そっちは措いといていいですから。なんだったんです? すごいことって」
「うーん。それが実はねえ、石川先生と松下氏に、『絶対ここだけの話にしておいてください人に言わないでねブログにも書いちゃダメほらそこメモを取らないっ』って言われているんだよ。だから、あの場にいた良識ある受講者は、全員この件について黙秘しているはずなんだ。いや、黙秘しなくちゃならんのだ」
「……そこまで聞かせといて。今更?」
「うん。だからじゃあ、キミだけには教える。いいか、絶対に他言するなよ」
「解りました!」
「軽いなあ。不安だなあ」
「大丈夫ですって。わたしを信じてください」
「――実はね、●●●の●●●で●●●●が●●●●●だろ? あれ、●●●●●●●●●●は●●●●●●●●●●●だから●●●●●●●●●●なんだって」





「ええええええええええええええええええええー!!」





「戻って来いっ。沙英[さえ]ちゃん。現実へ還[かえ]って来い!」
「……びっくり」
「おかえり」
「それは確かに、トップシークレットですね。はい、胸のうちに仕舞っておきます。――先生は何か、質問しなかったんですか?」
「したかったんだけど、心臓が口から飛び出しそうなくらいドキドキしちゃって、手を挙げられず仕舞いだった」
「チキンだなあ。ちなみに、どんなこと訊こうと思ってたんですか?」
「粘菌が迷路を解くところを見たかったんだけど、それが展示されてなくて残念だ、って。だから、どこかで見られないものか、って」
「それは質問というより泣き言です」
「と、まあそんな具合で宴たけなわの中、予定時刻の三時半がきて、講演会は終了したわけだ。ひょっとしたら先生からサインを頂戴できるかも、と期待して持っていった『週刊石川雅之』も、結局ページを開くことはなかった」
「先生の、次の『もやしイベント』はなんですか?」
「そりゃあ、十二月に出る第七巻だろうなあ。またまたオマケ付きの限定版があるって話だし、予約しておかなきゃ」
「わたしは、ようやくゲットできた『純米吟醸生酒 かもすぞ』の到着を楽しみに待つことにします」
「あっ」
「え。どうしました? まさか……」
「ししししまった。申し込み、忘れてた」
「あーあ」
「ででででもいいや。そうだ。今、本編は《ビール編》だからね。ははは。よーし、来年はもう、ずーっと一年間ビール漬けになってやる!」
「それ……例年どおり、ってことじゃん」



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